MPEG-DASH:相互運用可能なエンド ツー エンドの動画配信に向けた国際標準規格の確立

MPEG-DASH:相互運用可能なエンド ツー エンドの動画配信に向けた国際標準規格の確立

私のようにメディア産業で生計を立てている人なら、MPEG-DASH という言葉を何回となく耳にしたことがあるでしょう。それでは一体、これは何の頭文字で、どのようなものなのでしょうか? MPEG-DASH はコーデックではありません。プロトコルでも、システムでも、フォーマットでもありません。MPEG-DASH は、HTTP ベースの動画配信の相互運用性、本質的にはエンド ツー エンドの配信を目的とした国際標準規格(ISO/IEC 23009-1)です。

MPEG-DASH が目指しているものの 1 つは、既存インフラ上のオープン スタンダードを利用して、ライブおよびプレレコーディングされたプレミアム動画を配信する際のコストと労力を削減することです。これは表面的にはパブリッシャにも大きなメリットをもたらします。今日のプレミアム動画エクスペリエンスには通常、広告やセキュリティ(DRM など)をはじめ、アダプティブ ビットレート プレイバックやキャプションから多言語サポートまで、数多くの要件が含まれます。互換性に乏しいデバイスが複数存在する断片化された環境下において、ライブコンテンツおよびプレレコーディングされたコンテンツの配信に必要なこれらの要件をクリアすることは、エンコーディングやパッケージング、ストレージ、そして配信を手がけるパブリッシャの業務フローの複雑化(そしてコスト増)をもたらします。

MPEG-DASH のほか、業界では現在、3 つのプロトコル(Appl eのHTTP Live Streaming、Adobe の HTTP Dynamic Streaming、Microsoft の Smooth Streaming)を動画配信のデファクト スタンダードとして取り入れ、これらを組み合わせて正当に「進化」させています。これはとても理にかなったことです。これら 3 つのプロトコルはすべて、HTTP ネットワーク上でアダプティブ ビットレート プレイバック コンテンツを高いセキュリティのもとで効率的に配信するという、似通った目的を掲げています。しかしながら、Will Law 氏が指摘している通り、この 3 つは「8 割方は同じでも 100% の互換性はない」のが現状です。

今日のパブリッシャの多くは広範囲にわたるコンテンツ展開を目指して、デスクトップ PC、モバイルウェブ(スマートフォンやタブレット)、スマート TV、ゲーム用コンソール、インターネットベースの TV 視聴デバイスなど、多岐にわたるデバイスへの対応に取り組んでいます。結果として、アダプティブ ビットレート ストリーミングをサポートしようとすると、デバイスやプラットフォームにあわせて複数のフォーマットやプロトコル、コンテンツ保護オプションへの対応を進めるか、デバイスやプラットフォームを標準化したり限定したりする必要があります。

これらの手法はどれも効果的とはいえません。コンテンツの生成(複数フォーマット・言語用のエンコーディング、複数のコンテンツ保護方針にあわせたパッケージング)やストレージの重複から、複数のコンテンツ配信プロトコル、機能が異なる複数のプレーヤ、そして一貫性のない広告フォーマットまで、担当者はみな非効率な業務に甘んじています。

MPEG-DASH のゴールは、パブリッシャが動画を効率的に管理したり、どのプラットフォームやデバイスにもスムーズに配信したりできるよう、動画配信のワークフローを整備することです。

ならば、MPEG-DASH は万能薬かと言えば、おそらくそうではない
MPEG-DASH は詳細な実装を定義しておらず、次にあげるタスクや判断は業界に委ねています。

  • エンド ツー エンド DRM
  • コーデック
  • ファイル フォーマットと下位互換性
  • ロイヤルティ報酬、および現在・将来の IP にまつわる課題

パブリッシャが拙速に MPEG-DASH への移行を進めた場合、そのテクノロジやワークフローを左右するのは、エコシステム内の個々のベンダーによる限定的または一貫性のないサポート、ならびにエコシステム内のベンダー間の相互運用性の欠如、となる可能性が依然として存在しています。その場合、パブリッシャはエンド ツー エンドのワークフローの真の解決に向けて、コンテンツ配信や広告をはじめ、アナリティクスやエンコーディングから、DRM パッケージングやランセンス管理、プレイバックまで、すべての要素をつなぎ合わせる必要があるでしょう。

実際のところ、MPEG-DASH では今後、HTML5「スタンダード」で見舞われた断片化と同じような課題にぶつかる可能性があります。

Apple のメリットは?
これまで HLS のデファクト スタンダード化に向けて精力を傾けてきた Apple が、MPEG-DASH を推進する理由も明らかになっていません。すでに多くの企業が HLS に対応したシステムを色々と手がけています。私見では今後、Apple との激しい闘いが繰り広げられることになるでしょう。これまで築いてきた HLS の優位性を切り捨て、代わりのプロトコルの標準化を進めるよう、Apple を説得しなければなりません。

歴史は繰り返す... のか?

新しいスタンダードやプロセスの実効性を評価する時はいつも、それらを歴史のレンズを通して過去のものと比べるのが有効です。ただ MPEG-DASH の場合は、当初比較するものを持ち合わせていませんでした。しかし先日、TV ドラマ『The Wire』(第 2 シーズン)のあるエピソードを見ていたら、コンテナ輸送の歴史が心に浮かび、これだと思いました。

企業の輸送の歴史を振り返ってみましょう。1950 年代より前は手軽で効率的な輸送方法がありませんでしたが、50 年代中ごろに異なる輸送方式を組み合わせたインターモーダル型の貨物輸送やコンテナのコンセプトが生み出されました。1 つの標準スタイルで海上・鉄道・トラックでの輸送を可能にすることで、現在のサプライチェーンの基礎が作りだされたのです。このコンセプトにおいては、プロセスの標準化を進めることが最初の重要なステップでした。MPEG-DASH はこれと同様の「大転換」をもたらそうとしていますが、実装の詳細が省かれているため、最終的に断片化が発生するリスクが大いにあります。
今後見込まれる課題は次の 2 つです。

  • MPEG-DASH で下位互換が実装されない場合、MPEG-DASH と HLS の双方をサポートする必要があるでしょう。HLS(あるいは HDS や Smooth も)が下位互換の効率性を低下させる途をたどり続けるのであれば、パブリッシャは MPEG-DASH と HLS、そして Smooth Streaming と HDS にも対応せざるを得ません。
  • クライアントサイドのプレーヤ(デスクトップ PC、モバイル端末、コネクティッド TV、ゲーム用コンソール)が MPEG-DASH を広くサポートできない場合、パブリッシャは引き続き断片化の問題に直面するでしょう。プレーヤの断片化は川下から川上に向かいます。つまり、プレイバックから配信、パッケージング、エンコーディングへと遡るコンテンツのワークフロー全体が、MPEG-DASH のワークフローと重複したものになるでしょう。多くのパブリッシャにとって、これに対応するためのコストを増益分から捻りだす価値はないかもしれません。

Brightcove の見解
お仕事を一緒にさせていただいているパブリッシャは、複数のフォーマットや関連する配信プロトコルをサポートするため、すでに煩雑な業務に見舞われています。弊社ではワークフローのあらゆる段階で必要となる軋轢や労力を減らすために、自社の能力向上に引き続き取り組んでまいります。具体的には次のような局面でのスキルアップを重ねていきます。複数フォーマットでのコンテンツ収集、クロスプラットフォームでのプレイバックや DRM に必要な複数のレンディション/フォーマット用のトランスコーディングならびにパッケージング、そしてデスクトップ PC やモバイルウェブ、モバイルアプリ、コネクティッド TV 向けのアダプティブ ビットレート ストリーミングです。

私は標準化のコンセプトをサポートしていますが、MPEG-DASH によるエンド ツー エンドのシナリオを支持して、それ以外のサポートをすべて止めてしまうところまでは(まだ)至っていません。広さの点でも深さの点でも、MPEG-DASH は動画エコシステム全域をカバーしていないため、拙速に採用することはベンダー依存、あるいは閉鎖的な環境の確立につながる可能性があり、お客様のメリットにならないと考えています。

最終的には、MPEG-DASH とエコシステム内のベンダーが迅速にその能力を高め、ベンダー依存や標準規格の不完全な実装に結びつくようなクローズドな実装を強要するのではなく、より高い柔軟性をパブリッシャに提供することを期待しています。その一方で、弊社もキーワードを見極めながら、MPEG-DASH のエコシステム内で与えられた役割を全力で果たしていまいります。

いかがでしたでしょうか? MPEG-DASH は 1 年後、あるいは 5 年後にはどうなっていると思いますか? 皆様からのご意見をお待ちしています。